🍁 京都府の史跡
今日も来てくれてありがとう!よければ一押しポチっと応援してってね〜。1000年前に並んでいた二つの世界
この世に出現した最高級の極楽浄土テーマパーク、平等院。4月後半、藤の花が満開。紫のカーテンには多くの蜂たちが蜜獲りで忙しそう。真っ赤な門をくぐって院内に入る。今でこそ誰もが入ることが出来るけれど、当時は、日本で最もハードルが高い超VIPなプライベートサロンだった。

父・道長が所有していた宇治殿と呼ばれる別荘を、藤原頼道が改め平等院を創建。当時は末法思想が広がり、「もう世界は終わり、地獄に落ちる」という不安が日本中を覆っていた時代。関白・頼道は「終わるなら、先に極楽を作るか」くらいの発想だったのかもしれない。 鳳凰堂と、その前に広がる阿字池をつくった。仏教経典に描かれた西方極楽浄土の宮殿をイメージしたらしい。
頼道は、自らと一族の往生を願いこれをつくった。故に、ここに入れるのは藤原氏一族と頼道と親しい最高ランクの貴族や皇族だけ。入場条件は頼道に好かれていること&トップ層に属していること。頼道、おっお前‥‥(笑)

1000年前の超高級プライベート空間に、今では10円玉を握りしめながら入ることができる。まぁ、江戸時代には一般参拝客も入れるようになったそうだが。
とにかく平等院の門をくぐったら真っ先に鳳凰堂の拝観受付を済ませておくといい。人数制限と拝観時間が決まっていて2時間後とかざらだから。その間にゆっくりと境内を散策するのがおススメ。
日本三銘鐘の一つだという復元された梵鐘は、伝統的な顔料で塗装しているため触れると色がついてしまうらしい。なんとも本格的な復元だ。天女が舞っていたり獅子らしき動物がいたり鐘の装飾が細かい。ぐるっと一周して眺めているだけで楽しい鐘だった。

鳳翔館内は撮影が禁止。入るとまず大画面でCG映像が流れていた。奥へ進むと、平安時代12世紀につくられた国宝・梵鐘、二つの頭が両方についている不思議な龍がのっていた。平安時代11世紀につくられた南と北の二羽の鳳凰、凛として実に見事で神々しさすら感じた。11世紀の一木造りの十一面観音像は、手に花瓶を持っていた。頭上真ん中に一体、その周囲にも顔、全部ほぼほぼ同じ顔に見えた。平安時代10世紀作の一木造りの地蔵菩薩立像は上半身が右へ歪んでいた。
鳳凰堂扉絵復元模写なんてのもあった。千代紙みたいな模様だけれど、舞踏奏楽天人や奏楽天人や鳳凰が描かれていた。壁扉には、阿弥陀如来像を囲むような九品来迎図。この部屋は確かに一つの世界、風景になっていて極楽浄土に来たような感覚になる。

鳳凰堂の中にあった雲中供養菩薩像52体のうち26体が鳳翔館に展示されていた。雲に立ち乗りして飛び回っている菩薩、物を持っている菩薩、合掌や印を結んでいる菩薩、琴を弾いたり太鼓を叩いている菩薩、踊っている菩薩、皆雲に乗っていて生き生きと動き回っている。 所作だけでなく表情もすっごく生き生きしている菩薩たちで、現代のフィギュア顔負けのクオリティ。太鼓が載っている雲が隣にあって自分は別の雲に乗っている菩薩も一体だけいた。
極楽へ行く時は、こんな賑やかな音楽体がお迎えに来てくれる♪という実に目出度い設定。人間って不安を紛らわすために本当都合が良い妄想をするものだ。
鳳凰堂へ向かって歩いていると、源頼政の御墓がある。当時70代だった頼政は平氏打倒のため以仁王と共に立ち上がったが、平氏の大軍に追い詰められ平等院へ逃げ込んだ。頼政は平等院の扇の芝で「埋もれ木の 花咲く事も なかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける」という切ない辞世の句を詠み自害し果てた。頼政は極楽浄土へ行けた、と信じたくなる悲しいエピソードだ。

鳳凰堂は池の中島に建っていて、水面に建物が映ることでまるで空中に浮いているように設計されている。鳳凰堂の丸い窓は、池越しに阿弥陀如来の顔がちょうど見える位置にあり、当時の人にとってそれはまさに「極楽の主が迎えに来てくれた!」と歓喜するような最高のVR体験だった。
平等院内には沢山の建物があったが、そのほとんどは南北朝の戦いの時に焼失した。が、鳳凰堂だけが大きな焼失を免れ、現代まで残った。 故に国宝の阿弥陀如来坐像も、当時の面影を今に伝えている。

添乗員さんの誘導で赤い太鼓橋を渡る。中は撮影禁止。壁に触れるような長いものも持ち込み禁止。靴を脱ぎ堂内に入る。堂は5メートルの高さだが、入口は身をかがめて入るつくり。中は暗い一室で、中央に阿弥陀如来像が鎮座している。壁の絵なども経年変化でボンヤリしたものになっていた。
当時の鳳凰堂内は壁や天井が金箔や極彩色や螺鈿で埋め尽くされていて、堂内が暗ければ暗いほど外から差し込むわずかな光や灯明の火が金箔や貝殻に反射しキラキラと揺らめき阿弥陀如来を光らせたという。

また、朝日が昇る時は、丸窓から光が差し込み、阿弥陀如来の顔だけを照らす瞬間がある。計算されつくされた1000年前のスポットライト演出だ。平安時代最高の仏師と言われた定朝が作った阿弥陀如来像は約2,8mの高さで、一丈六尺という仏の正しい姿を表している。小さなパーツをたくさん作り、最後にパズルのように組み立てた寄木造でつくられている。漆を塗り金箔を幾重にも重ねて仕上げられているので外から見るとつなぎ合わせたようには見えない。しかし中は空っぽの為、こんな巨体なのに軽く、ひび割れも防げた。
光背はまるでレース編みのように繊細な彫刻が施されている透かし彫り。そして阿弥陀如来の周囲は楽し気な雲中供養菩薩像が舞っている。壁には見えにくくなっているが九品来迎図が描かれている。

こんな豪華な極楽浄土をつくってしまう当時の上級貴族は凄い。しかし、「この世の極楽」を形にした平等院の外では、飢えや病で人が倒れるのが珍しくない時代だった。
極楽を形にした貴族と、現実の地獄を生きる庶民。
同じ時代に、まるで別の世界が並んでいた。
1000年前、ここは限られた者だけの極楽だった。
いまは誰でも入れる。
ただし、本当に極楽を感じられるかどうかは、また別の話だ。
それは、場所ではなく、見る側の問題なのかもしれない。

平等院の写真一覧





















































































































































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