「日本&アジア編」vol1:海を渡った日本人、万次郎より早く

「日本&アジア編」vol1:海を渡った日本人、万次郎より早く

🗻日本編☆世界初の真実

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鎖国の海を抜けた知られざる足跡

幕末の中浜万次郎(ジョン万次郎)は、アメリカで教育を受けて帰国し、日本の近代化に貢献したことで有名だ。
だが、彼より何百年も前から、日本人が海外に渡っていた記録が存在する。


江戸時代以前の冒険者たち

支倉常長(はせくらつねなが)(17世紀)
伊達政宗の命を受け、仙台からメキシコ、さらにスペインやローマまで渡航。
ローマ教皇にも謁見したが、日本帰国後はキリスト教禁教政策の影響で不遇の人生に。

天正遣欧少年使節(1582年)
九州のキリシタン大名たちが派遣した4人の少年たち。ポルトガル、スペイン、イタリアを巡り、ローマ教皇に謁見。
彼らはヨーロッパ文化を学んだが、日本帰国後にはキリスト教弾圧に巻き込まれた。


室町時代の海の武士

足利義満の遣明船(1400年代)
公式な貿易使節として中国・明に渡航。
また、琉球王国や東南アジアにも日本人が交易で訪れていた記録がある。


なぜジョン万次郎が主役になったのか?

  1. 近代史との接続
     彼の帰国が幕末の開国・近代化のタイミングと重なった。
  2. 文化的インパクト
     英語を学び、アメリカの制度や技術を直接日本に伝えた。
  3. 物語性
     漂流→救助→教育→帰国という劇的な人生ストーリーがあった。

歴史は勝者が書く(17回目)

支倉常長や天正遣欧少年使節は、実績としては万次郎以上の長距離航海をしていた。
だが、日本の近代化という歴史的イベントに直結したのは万次郎であり、彼が「海外渡航者の象徴」となった。


結び

もし支倉常長が帰国後に幕府の中枢で活躍していたら、日本史における“海外帰りの顔”は彼になっていたかもしれない。
だが歴史は、物語の舞台に立つタイミングが合った者に拍手を送る。


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