奈良の薬文化、想像以上にカオスだった

奈良の薬文化、想像以上にカオスだった

🦌 奈良県の史跡

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三光丸と生薬と忍者みたいな館長

奈良は日本の薬文化の発祥地である。唐招提寺の「奇効丸」、東大寺の「奇応丸」、西大寺の「豊心丹」とかあったが、奈良らしい薬文化として印象深いのは 、飛鳥時代から続く役行者の陀羅尼助丸と14世紀初頭に登場した三光丸。飛鳥時代から続く陀羅尼助丸や、中世に登場した三光丸の存在感はやはり別格だ。

700年くらい前からずっと三光丸だけつくり続けている会社がある。三光丸の始まりは神がかっている、設定。高倉下命が、国と子孫のために北辰尊君に祈ったら、妙見大菩薩から紫微垣丸という最高の秘薬を授かった、という。

その後、後醍醐天皇が吉野の行宮に行く時に越智氏が南朝に紫微垣丸を献上。後醍醐天皇は「三光丸」という呼び名を与えた。

しかし、せっかく妙見大菩薩から授かった神秘的な「紫微垣丸」という名前があったのに、後醍醐天皇によって「三光丸」と改名されてしまう。個人的には、紫微垣丸の方が圧倒的にロマンがあると思う。

越智氏は織田信忠(信長の嫡男)にも三光丸を献上している。信忠は「軍中第一の妙薬とせよ!」と言い、宝玉袋に入れて持ち歩いたというのだから、信忠もかなり気に入っていたのだろう。 信忠の言動には言うこと無し。

越智利高が二条城で討死すると、子孫は武家をやめ三光丸を製造販売するようになった。三光丸は如何に重い症状であっても腹部全般に効果絶大、だそうである。

三光丸の当主米田家(越智氏一族)には、いろいろな薬の製法が記してある「秘伝書」が伝えられている。その中で三光丸の配合量だけは「家伝薬」として暗号で書かれてあるという。

御所市にある「三光丸クスリ資料館」を訪れたら、数種類の薬草でつくられた三光丸の試供品をプレゼントされた。お腹強いから薬つかうことないのだけれど御守として有難い。貰った資料の中に、「ゆで卵とほうれん草」「人参と大根」「きゅうりとピーマン」の食べ合わせが「やる気を失う」とあり衝撃だった。他にも「成人病を招く」「疲れを呼ぶ」「肥満を招く」「お酒をのむときによくない」組み合わせが載っていた。欲しい人は「三光丸クスリ資料館」に行くといい(笑)

広くてどこが入口か少し迷ったけれど、戸を開けると館長さんがすぐ来てくれた。安すぎて目が点になる入館料を払う。すると、その料金に見合わない「三光丸」と書かれデザイン性も質も申し分のない立派な封筒を手渡され、中にはお土産が入っている。もっと金取ろうよ!って心配になった。

しかも写真撮影OKで、館長さん自ら館内をサラッと案内してくれ、その後、「ごゆっくり」と放置してくれる。センブリって、お湯の中で千回振ってもまだ苦い、って事でセンブリって呼ばれているなんて初めて知った。すごく苦いけれどお腹が元気になるそうだ。ここ、超穴場の資料館。しかも来館者はゼロで貸切状態だった。

「薬のまほろば館」では、悠久の時を感じさせる映像で薬の発見と発展に尽くした大和の人たちの歴史が巨大スクリーンに流れ数千年の歴史と共に大和生薬について学べる。


詳細に記された縄文時代からの薬の歴史年表なんかもあった。
楽しかったのが実際に生薬を触ったり香りを嗅いだりできるコーナー。牛のお腹に出来ている石とか鹿の角とか動物も結構使われている。戸を開けて中に入っている生薬の原型を見た時、ギャーって思わず悲鳴上げてた。パッと見、虫に見えるようななかなかにグロテスクなのもある。


和漢薬百科コーナーではクイズに忙しかった。がん治療の漢方薬。緩和ケアや抗がん剤の副作用対策や手術や放射線治療による合併症の予防緩和などや免疫力アップに使われていると知った。

一番の衝撃は、クジラの上顎から伸び生薬として使われている一角。これイッカククジラの歯だそうだが、実物があって実際に持ち上げる事が出来る。すっごく重くてこんなの上顎につけている鯨、幾ら海の中とはいえバグり過ぎてるだろ!って叫びたくなった。

写真を見ると、顔上げて歯をわざわざ水面上にあげている。重くないのか?この鯨、どんだけ筋力あるんだ。そしてこの歯、表面に1000万もの神経が通っているという。イッカクの体長は4~5m、歯の長さは3mを超えることもこともある。歯、長すぎだろ。しかも中にはこの長い歯が2本ある個体もいる。やっぱりどう考えても世の中変だ。笑

鑑真の日本への執着、いやいや、使命感には改めでドン引きした。いくら日本人留学生に懇願されたからといって、役人に拘束されたり船が難破したり弟子が死亡したり両目失明までして、密航に近い形で6回目のチャレンジにて66歳にして日本に到着。当時の平均寿命からみてもぶっ飛び過ぎている。日本側がそこまで必死に頼み込んだとはいえ、そこまで命を削らなくても…と正直思ってしまう。

次は、薬草の小径を歩いて「三光丸こころの館」へ。ここでは三光丸販売の歴史や、昔の製法での三光丸製造体験、昔と現代の製造方法の違いなどなどを全身で体験できる。

「両手切り」も「竿秤」もそれ自体がめちゃくちゃ重かった。篩(ふるい)はとっても便利だった。他にも数々の便利グッズがあり、よく考えたもんだなぁとその発想に感心した。

配置薬(置き薬)の歴史や売薬行商人の日記など興味深かった。12か条の「行商人の心得」は、誠意あふれているだけでなくもう聖人だな、って心底感心した。他にも貴重な昔の史料が沢山提示されていて充実感が半端ない。

緑や池が美しい和の庭を通り収蔵庫へ向かう。昔使っていたであろう井戸がそのまま残っていて感慨深かった。収蔵庫は物置みたいな感じだけれど、古い貴重な資料類が山ほどあった。

全部見学体験し終わって元の受付場所へ戻ると、サッと館長さんが現われた。実に不思議、戸を開けると音がするわけでもない、館長さんのお姿はどこにもない。なのに10秒くらいワタワタしているとサッと現れる。来た時もそうだった。一体どうやって人が来たことを感知しているのか、そしてどこに身を潜めているのか‥。

人の気配を察知して現れる館長さん、忍者のように静かな資料館、そして異様なほど人を信用している空気感。
薬の歴史を学びに来たはずなのに、最後には「奈良という土地の人間性」まで見せられた気がした。

こんな待遇良くて満足できて楽しくて穴場の資料館なかなかないと思う。すっごいよいところ行った~って充足感でいっぱい。

Googleマップ:三光丸クスリ資料館
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