葛城山には、ヤマト王権が恐れたものが残っている

葛城山には、ヤマト王権が恐れたものが残っている

🦌 奈良県の史跡

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長い参道の端に、「蜘蛛塚」がある。葛城山周辺には古くから独自の力を持った人たちが住んでいた。彼らは山奥や洞窟や土窟(穴)に住んでいて、自らのアイデンティティを曲げず服従せず、朝廷の命令を無視したり抵抗した。後から勢力を拡大してきたヤマト王権(天皇)は、素直に従わない地方豪族や先住民を蔑み、土蜘蛛と呼んだ。

「身が短くて手足が長い」「洞窟に住む蜘蛛のような奴ら 」「狼のような心、梟のような情け知らず」とか記紀や風土記に記させた。境内にも看板が出ているが、「害悪の権化土蜘蛛」と、どうしようもない極悪人のように書かれている。支配者側の18番、宣伝工作。

蜘蛛塚には、土蜘蛛を頭、胴体、足の3つに分けて埋めたという。まるで見せしめのような惨たらしい伝承だ 。その後、蜘蛛塚の近くの石を庭に置いたら家運が傾いたり病人が続出したため「蜘蛛のたたり」として恐れられた。祟りを恐れ恨みを沈めるため土蜘蛛灯籠として供養したら騒ぎは収まったという。

土蜘蛛と呼ばれた人たちは、自分たちの土地を、今までの静かな生活を、守ろうとしただけ、もしくは違う文化を持った人たちだっただけ、その可能性が高い。朝廷に逆らった縄文系とも、古い土着勢力とも言われる先住勢力を「化け物」扱いし、ヤマト政権を正当化した。蜘蛛塚はそんな侵略勢力から故郷を守ろうとした人たちの墓標である。

葛城一言主神社の手水舎は、人が来るとセンサーが感知し自動で綺麗な水が出てくる。

そして、大きな岩が置いてある亀石(水神)が祀られている。役行者が災いをもたらす黒蛇を調伏しその上に石を置いたという。

役行者もなかなかの傍若無人ぶりだ。葛城山から金峰山へ岩橋をかけようと、周囲の鬼神、山神たちをこき使い労働させた。一言主は自分の醜い姿を人に見られたくないからと夜だけ働いた。ブチ切れた役行者は、一言主を呪術で縛り上げ吊るし谷底に投げ落とした。「24時間働けますか!?~Japaneseビジネスマン♪」みたいな昭和のリゲイン系の元祖は役行者だった。

一言で願う神様♪と崇められているのに、役行者にボコボコにされ使役された神。「自分の願いは一言で叶えられないんかい」とかツッコミが聞こえてきそうな設定になっている。

もしかしたら役行者は外見が醜かったのかもしれない。一言主は自分の外見醜いって思っていたかもしれないが、役行者からすれば、それは嫌味にしか聞こえなかったのかもしれない 。修験道だけでなく、昭和のリゲインのルーツ、ルッキズムのルーツの始祖も役行者だったのかもな。知らんけど。

そんな役行者も後に、朝廷に睨まれ処刑されそうになったり流罪になったりする。朝廷は恐れた。自分たちの管理下にない修行者が民衆に支持され勢力をもつことを。「鬼を自在に操り、空を飛んで移動する」 などと言われていたのを逆手に取り、朝廷は「反乱軍のリーダーなのでは?」と、危険人物としてマークした。

葛城山では、地元神(一言主)や先住民(土蜘蛛)たちを抑え込む強力な外部の修行者だった役行者。しかし朝廷からすれば土蜘蛛たちと同じ。言う事を聞かない邪魔な土着勢力の一人にすぎなかった。役行者の超パワハラ記述も権力者のお得意の手で綴られ彼を貶めただけの可能性も高い。

一言主は、言葉一つで世界を左右するほどの強大な霊力を持つ神。その内面を否定できないからこそ、せめて外見だけでも醜いことにしてやろうという権力者の執念のようなものすら感じる。一言主は葛城山を堂々と統べる、それはそれは神々しい姿をしていたのかもしれない。

境内は小さいけれど綺麗に手入れされており、社務所もあって御守やお御籤、神札などが売られている。手水舎の龍は金の珠を握っている。奉納された赤い鳥居がいくつも並びその横には雄略天皇の銅像がある。弓を構え矢を放たんとする姿。
鳥居を全てくぐった先には、小さな社の天満神社や八幡神社など5社並んでいる。

葛城氏は嘗ては天皇家に匹敵する、あるいは凌駕するほどの力を持っていた氏族。一言主は葛城山の強力な地元神。雄略天皇が葛城山で一言主に会った時、一言主は天皇と全く同じ格好で現れ、「善いことも悪いことも一言で言い放つ大神だ!」と対等に振る舞った。ビビった雄略は、勇ましく構えた矢をしまい、太刀、弓矢、家来たちの衣服まで全て脱がして献上したとか。相手の力が断然上だとわかるとコロっと掌返しをし味方になる。雄略はダサいが現実的で実にしたたか。ある意味、賢い。

葛城一言主神社は創建年こそはっきりしないが日本最古級の神社であり、全国各地の一言主大神を祭神とする神社の総本社。天皇家、宮人、歌人などからの崇敬も高く、唐に行く前の最澄もここで祈願している。

一言の願いならばなんでも叶える神。アクセス悪いのに参拝客も確かに多かった。

葛城一言主神社境内には、「滝に小銭(お賽銭)を投入しないで下さい」「賽銭箱に大量の一円を入れるのはご遠慮ください」などと看板が出ている。一円でも多く集めたろ!っていうガツガツした感じではなく勝者の余裕が感じられる。

そして葛城一言主神社に伝わる最強のお守り「一陽来復(難転・魔滅)お守り」の宣伝看板もある。とにかく幸運が巡ってくる。金銀経済で融通無礎の力を得、難儀時には魔を滅し福に転じるという特別秘伝のお守り。冬至の2日前から節分まで毎日授与されている。買わなきゃ💦って気になり看板を見ているだけで謎の力がみなぎってくる。笑

形がちょっと異様な樹齢推定1200年という銀杏の御神木もある。株本の方が細く、その何倍もの太さの幹とでちょっとした洞窟っぽい感じになっている。そこに小さな祠と御賽銭箱。木に恭しくつけられた注連縄。しかし、その巨体を不釣り合いな細い株元だけで支えるのは無理があるようだ。太い支え木数本の力を借りて幹を支えていた。
健康な子どもが授かりお乳がよくでるようになる、と地元の人たちから厚い信仰を集めている御神木(乳銀杏)だ。

葛城一言主神社には注意喚起看板が多い。「境内での飲食はお控え下さいますようお願い致します」「枝や葉っぱなどは取らないで下さい」

ここに来るまでは、役行者にボコられたダサい神って内心嘲笑っていたが、神社を訪れ、一言主、そして役行者の見方がなぜかガラッと変わってしまった。

Googleマップ:葛城一言主神社
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