🍁 京都府の史跡
今日も来てくれてありがとう!よければ一押しポチっと応援してってね〜。京セラ美術館に行く用事があったので、ついでに平安神宮に寄ってみた。
まず目に入るのは、高さ約24メートルの巨大な朱塗りの大鳥居。平安神宮そのものは明治28年(1895)、平安遷都1100年を記念して創建されたが、この大鳥居は創建時からあったわけではなく、昭和天皇大礼を記念して後に建てられたものらしい。つまり、平安神宮はしばらく巨大鳥居なしで過ごしていたことになる。後付けなのに、今ではむしろこちらの印象が強い。

境内に入ると、平安京大内裏の正庁・朝堂院を約8分の5の規模で再現した朱塗りの社殿が広がっている。東には蒼龍楼、西には白虎楼。四神思想を背負った、いかにも都らしい構えだ。
ただ、正直に言うと、境内だけを見ると「広いな」「赤いな」「平安っぽいな」で終わってしまう。豪華ではある。立派でもある。でも、どこか妙に寂しい。明治の京都市民が、失われた都の威信をもう一度ここに立ち上げようとした、その情熱の跡だけが、広い砂地の上に残っているように感じた。

しかし、平安京当時のものではないが、社殿を三方から囲むように造られた約一万坪の神苑がある。数百円という入園料はかかるが、せっかくなので入ってみた。
感心したのが、木や花の名称の看板が地面にさしてある。そこに、枕草子、源氏物語、伊勢物語、古今和歌集などの古典にでてくるその木や花の名前が載っている一節が一緒に記してあること。しかし、「梛」だけは、思いつかなかったのか、「梛」としか書いてなかった。

ちなみにAIに聞いてみた。古典では梛は「なぎ」「なぎの葉」と表記されることが多く、後世の資料や翻刻で「梛」の漢字をあてている場合もある、とのこと。だから「梛」だけ何も一節が紹介されていなかったのだろうか。それなら平仮名で「なぎ」と記せば済む話だし、植物図鑑や植物名では「ナギ」と片仮名表記されることも多い。もしかしたら、単純に「梛」だけ一節が思い当たらなかったのだろうか。ちなみに、
藤原定家の熊野詣の和歌に、「ちはやぶる 熊野の宮の 梛の葉を 変わらぬ千代の ためしにぞ折る」 とか他にもいくつか「梛」を使った一節が存在する。 私、嫌な客だな。ただし定家は平安というより鎌倉初期なので、平安文学縛りだと外されたのかもしれない。

庭園を歩いていて素晴らしい!と感嘆したのが、侵入してほしくないところには明確な意志表示がされていること。誰もがはっきりとわかるように通せんぼがしてある。一目ではっきりわかる。これより先は入ってはいけないんだな、と。これは素晴らしい。入ってほしくないところはこうあるべき。安土城内の摠見寺で進入禁止とは思えない表示の罠に引っかかり中で怒鳴り散らされた人たちから悲劇の話を聞いた身からすると、この平安神宮の神苑の意思表示はまさにお手本★のように映った。

そして、小さな川が流れていて池もある。「魚や貝を捕る事、花や木を折ること 境内に於いて禁ず」「池中の生物に触れないで下さい」って書いてあった。なんでも書いておかないとやる人がいるんだね。でも外国人観光客も多いし、もしかしたら日本語表記だけでは効果薄いかもしれない。

蒼龍池には、臥龍橋っていう飛び石の橋があった。龍が横たわっている姿をイメージしてつくられたという。作庭家・小川治兵衛の狙いは、臥龍橋を渡っている時に池に映る空や雲を見ると「龍の背に乗って雲間を舞ってる」ような気分になる、ということだったらしい。ロマンティックな人だったんだなぁ。この石材は、豊臣秀吉がつくった三条大橋と五条大橋の古い橋脚を再利用したものだそうでエコである。

池にはとても大きい鯉が泳いでいた。柵の向こうに投げ捨てたようなペットボトルが無造作にあるのがなんとも残念。左手には、平安神宮会館(披露宴会場)を背景に、なんとも風情のある泰平閣(橋殿)。
橋には屋根がついているからちょっと屋敷っぽい感じもするけれど両側は吹き抜けていて完璧に屋外。橋の両端には座れるようにベンチのようになっている。橋のちょうど真ん中あたりだけはそのベンチがなく立って池を眺めるスペース。ここに立ち写真を撮り合っている人もいた。

泰平閣(橋殿)を渡ると庭散策も終わりだが、この橋があるお陰で満足度が格段にあがった。神苑そして泰平閣(橋殿)がなければ、何を書いていたかわからない💦
しかし、平安宮の巨大セットを再現するなんて、かつての京都市民の情熱と、皇室への思いはすごい。正直、少し引いてしまうほどだった。
でも、こうして今でも観光客は訪れているし、立派な観光資源にもなっている。平安神宮会館での結婚式も人気らしい。
一万坪の庭を眺めながら、和装で平安神宮の神前式を挙げ、披露宴ではウェディングドレスも着る。確かに素敵だ。
ただ冷静に考えると、平安京があった頃の庶民の暮らしは、飢饉や疫病、身分差と隣り合わせだった。天皇や上級貴族たちとは、見ている世界がまるで違ったはずだ。
そうした都の権力空間を模した場所で、現代の人々が晴れやかに結婚式を挙げる。美しいけれど、少しだけ皮肉でもあるなと思った。

平安神宮の写真一覧



















































































































































































































































































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