🍁 京都府の史跡
今日も来てくれてありがとう!よければ一押しポチっと応援してってね〜。木津川は、かつて都へと続く大動脈だった。
この川には、いくつもの「浜」と呼ばれる河港があり、そのひとつが加茂浜である。
加茂浜は別名、「相撲ヶ浜」。
その名の通り、ここには相撲場が設けられていた。

実際に訪れてみると、そこにあるのは史跡ではなく、工事現場だった。
大型車両が並び、立入禁止の柵が視界を遮る。
堤防強化と河道整備。
おそらく、治水のために必要な工事なのだろう。
それは理解できる。
理解できるが、それでも。
ここがかつて「相撲ヶ浜」と呼ばれていた痕跡は、どこにも見当たらない。
石碑も、説明板も、何ひとつない。
あるのは、竹林と川と、沈黙だけだ。

奈良時代、この地は都へ物資を運ぶ物流拠点として機能していた。
やがて時代が下り、江戸時代になると、この広い河原で勧進相撲が行われるようになる。
藤堂藩領の河港として人と物が行き交い、その延長線上に相撲という娯楽が生まれた。
村々から人が集まり、歓声が川面を揺らした。
ここには確かに、熱狂があった。
江戸において、相撲は歌舞伎や遊郭と並ぶ一大娯楽だった。
女性の入場は禁止されていたが、それでも人々は何とかして相撲を見ようとしたという。
人気力士の錦絵は飛ぶように売れた。
相撲は、ただの競技ではなく、時代の熱そのものだった。
その熱は、もうここにはない。
かつて歓声が満ちていた場所は、今では誰にも顧みられない空白になっている。
地元の人々も、この場所をただ通り過ぎる。
相撲ヶ浜。
その名を記憶しているのは、
もう、
Googleマップだけなのかもしれない。

相撲が浜 の写真一覧
















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