🦌 奈良県の史跡
今日も来てくれてありがとう!よければ一押しポチっと応援してってね〜。神社を巡っていたはずが、人間を見ていた
大安寺から徒歩1分もしない場所に、元石清水八幡宮 八幡神社がある。
境内は小さいが綺麗に手入れが行き届いている明るくて気持ちの良い神社だ。色とりどりの綺麗な花が生けてある手水舎は自動給水。近づくと、花の隙間のパイプから水が流れ出てくる。

平安時代、大安寺の僧だった行教が、九州の宇佐神宮から八幡神を連れ帰り大安寺の鎮守とした。でも、この地で手を洗う水がなかった。困った行教が法具で岩を叩いたら、そこから清らかな水が湧き出してきたという。それで「石清水」という社号に。
夢で神託を受けた行教は、50数年あったこの奈良の地から京都へ遷座させた。それが今の石清水八幡宮。その後も、大安寺の本宮は、大切にされ続けた。

中門は、室町時代16世紀の建立。軒下には黄金に輝く法具が等間隔でつるされキラキラ輝いている。紅白の垂れ幕を背景にお祭りの半被と太鼓とミニ神輿が置いてある。狛犬さん達の表情は愛嬌があって可愛い。
奥の御堂に続く屋根下の参拝する場所には奉納されたであろう巨大な絵馬がズラッと飾られてある。驚いたのが、お御籤や御神米や御守などが無人販売されていること。

小さな神社だけれど神社側もそして参拝者もが共に大切に紡いでいる神社なのだな、と感じた。
12世紀になると京都の石清水八幡宮は、「宇佐神宮から直接来たから奈良関係ねぇし!石清水の由来はこちらにある !」と言うようになった。
奈良は「いやいや、ここに鎮座してたのが京都に行っただろ!」と争いになった。奈良側は自分たちが先であることを示すために、あえて「元石清水」と名乗った。そんな人間臭い老舗同士の商売喧嘩、まさに老舗和菓子屋の「元祖VS本家」の看板争いみたいなことが展開されたこともある。

御祭神は、「仲哀天皇・応神天皇・神功皇后」 の三神である。宇治神社に祭られている菟道稚郎子のおじい様、お父様、おばあ様である。
神とされているけれど、日本の神社には実在した天皇や皇族、歴史上の英雄、怨霊を鎮めるための存在などが数多く祀られている。靖国神社のように戦死者を祀る場所もある。
そう考えると、神社参拝というのは、ある意味では壮大なお墓参りなのかもしれない。
もちろん普通のお墓参りと違うのは、そこに「御利益」という要素が加わることだ。
「病気が治りますように」「受験に受かりますように」「良縁がありますように」──人は死者や神仏に向かって、実に都合よく願い事をする。
しかし、それを滑稽だと笑い切れないのもまた事実。
不安だらけの人間にとって、「祈る」という行為は、昔から心を落ち着かせる装置でもあったのだろう。
神社や宗教の歴史を辿っていくと、そこには信仰だけではなく、人間の欲望、権威、政治、面子、経済までもが複雑に絡み合っているのが見えてくる。
神聖な場所を巡っているつもりが、気づけば人間そのものを見学している気分になる。
とはいえ、私も神社巡りはなんだかんだ好きなのだけれど。

元石清水八幡宮 八幡神社 の写真一覧











































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