静寂をたたえる石の記憶 〜木津惣墓五輪塔〜

静寂をたたえる石の記憶 〜木津惣墓五輪塔〜

住宅街のど真ん中に、ふと現れる石塔。ここは「木津惣墓五輪塔(きづそうばかごりんとう)」と呼ばれる、なんと国指定の重要文化財。それが、車一台がギリギリ通れるかどうかの細い道沿いに、周囲の民家に肩をすぼめるように佇んでいるのです。

「え、こんなところに!?」と驚くのも無理はありません。

敷地内には小さな石仏や石碑も点在しており、どれも花や水が供えられ、掃き清められ、大切に守られていることが感じられます。地域の人たちに今も敬われている、そんな場所です。

さて、この五輪塔。まるで石の積み木のように、形の異なる五つの石が重ねられています。見た目にはちょっとバランスが不安そうなのに、不思議とびくともせず、鎌倉時代から現代までしっかり立ち続けているというんだから感服です。中にボンドでも入ってるんですかね?(入ってません)

木津惣墓五輪塔

現在この場所には、五輪塔と数体の石仏が残るのみですが、実はここ、昭和の初めごろまでは約1000坪(テニスコート約5面分!)の敷地に、3300ものお墓や供養塔が並ぶ壮大な霊域だったのです。

当時はまだ山の形もそのままで、動物たちも行き来していた頃。そんな自然の中で地元の人たちが静かに手を合わせていた風景が目に浮かびます。

……で、今はというと、その跡地にずらりと並ぶ住宅たち。
うん、知ってて建てたのか、知らずに建てたのかは神のみぞ知る──でも、かつてここが祈りの場だったことを知っていると、風の音さえちょっと厳かに聞こえてきませんか?

木津惣墓五輪塔

忘れられた声が眠る場所 〜木津惣墓五輪塔 〜

このあたり一帯は、かつて藤原摂関家を本家とする南都・興福寺の荘園だった。
京都と奈良をつなぐ街道が通り、交通と軍事の要衝として注目された場所でもある。

そんな重要拠点に住む木津の人々は、幾度となく権力争いや宗教対立の余波に巻き込まれてきた。
特に興福寺の僧たちは、「我が道こそ正義」とばかりに、朝廷への強訴(ごうそ)を何度も決行。
その際に持ち出されたのが、春日大明神の御神体を象徴する鏡を掲げた神木(しんぼく)

これを僧兵たちがかついで朝廷に押しかける――いわば、「神聖クレーム出張」。
しかもこれ、何度もやってる。もはや伝統芸能。

で、そのたびに仮の拠点が必要になるわけで。
木津には「木津殿(きづどの)」と呼ばれる御神体安置所や、神職用の施設が設営された。
これらの準備――供物、米、油、さらには建設労働――ぜんぶ地元民の持ち出し&タダ働き
生きるのもやっとの時代、貴重な食糧まで供出させられ、そりゃもう泣きっ面に神木である。

そんな不満が蓄積し、13世紀後半にはついに**「もう、やってられるか!」派**が登場。
木津から久世郡平川あたりにかけて、奈良街道の要所には、興福寺や春日神社の命令に従わない地元有力者たちが増えていった。

こうした人々は、理不尽な命令に抵抗した結果、「悪党」と呼ばれるようになる
ちなみにこの「悪党」、当時はれっきとした褒め言葉ではありません
支配者たちにとっては都合の悪い「正論を言う困った人々」だったのです。

似たような傾向は東大寺の荘園にも広がり、荘園領主たちはついに六波羅探題へ泣きつく事態に。
その結果、「悪党」は指名手配され、史料にもその名が刻まれた。
1268年:興福寺に逆らった半俗半僧の弁慶。
1273年:東大寺領・木津荘の得太郎男。
1290年:木津五郎。
――彼らは皆、「悪党」として記録されている。

そんな時代のただ中、1292年に建立されたのが、木津惣墓五輪塔である。
これは、木津の地で人々のために祈り続けた22人の僧侶たちによって建てられたもの。
この場所は、彼らのように地元に寄り添い、民のために生きた僧侶たちや、
理不尽な支配に抗った「悪党」たちの墓や供養塔が立ち並んでいた記憶の地なのだ。

なお、興福寺による強訴は14世紀に入っても続いていた。
木津の住民にとっては、時代が変われど、変わらぬ迷惑の連続だった


人はいつの世も、自分の都合で「善悪」を決める。
逆らう者を「悪逆」と呼び、従わぬ者を罰する。

しかし、静かに農を営み、家族と暮らし、ただ平穏を願っていた民衆こそ、
実は最もまっすぐで、強く、優しかったのではないか。

支配の名のもとに欲を貪る者と、
黙って耐え、時に立ち上がった者。
――果たして、本当に「悪党」だったのは、どちらだろうか?


悠久の時を超え、今もなお静かに佇む木津惣墓五輪塔。そこに刻まれた無言の記憶をたどる旅へ──その第一歩として、地図をここに記します

Googleマップ-木津惣墓五輪塔-

風に語りかける石たちの声に、耳を澄ませてみてください。あなたの心に、遠い時代の鼓動が届くかもしれません。

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