🦌 奈良県の史跡
今日も来てくれてありがとう!よければ一押しポチっと応援してってね〜。室生トンネルの入口に西ヶ滝という史跡がある。
だが実見すると、そのショボさに愕然とする。
こんなヨレヨレの滝で修行?
シャワーよりも水流が弱いのではないかと思えるほどだ。
滝のあまりのショボさに衝撃を受けながら、ふと滝の横の山の斜面を見上げると、野生の鹿がこちらを見ていた。まだ子どもの鹿だ。
「可愛い!」
散々愛でて写真を撮ろうとカメラを向けたら、ぴょんぴょんと跳ねながらトンネルの上へ続く山道へと姿を消した。
可愛い小鹿の姿を見られただけで、騙されたように思えるしけた西ヶ滝のことも、まあ許してやるかという気分になる。

しかし明治時代の西ヶ滝は、今とはずいぶん様子が違っていたようだ。
西ヶ滝、二の滝、三の滝、東の滝。
この一帯には四つの滝があり、しかも現在よりはるかに落差のある断崖の滝だったという。
西ヶ滝周辺は巨石の宝庫でもある。
かつてこの地域の人々は巨大な白い石を、神が宿る場所として崇めていた。
白い大きな石があったことから名付けられた白石興善寺という寺がある。
16世紀後半、道音という人物が創建した。
彼は多田家の馬廻りだったが、戦乱の中で親戚を斬ってしまったことを悔い、出家して念仏三昧の暮らしに入ったという。
寺は融通念佛宗に属している。

その白石興善寺の僧侶たちは、西ヶ滝で命がけの業錬を行っていた。
ここはかつての修行場なのである。
当時は滝の前に修行用の建物まで建てられた、設備の整った公式の修行場だったらしい。
しかし今では石組みがわずかに残るだけだ。
室生トンネルや道路建設のための山手道路改修によって、滝の落差は大きく削られ、滝壺も消えてしまった。
僧侶たちが寝食を忘れて修行に励んだ場所とは、とても思えない貧相な姿になってしまったのである。

ここでは雨乞いの儀式も行われていた。
しかし龍王ヶ渕や龍鎮神社のように、龍神に丁重に願いを捧げるような礼儀正しいものではない。
ここで行われたのは、かなり攻撃的な雨乞いだった。
まず滝壺の水をすべてかき出して空にする。
そこへ雑木をどんどん燃やす。
そして燃えカスを淵に投げ込む。
龍神を怒らせることで大暴れさせ、豪雨を降らせようとするのである。
かなり乱暴な方法だが、それだけ当時の人々の暮らしが雨に左右され、追い詰められていたということなのかもしれない。
荒々しい修行場だった滝壺も、今はない。
治水技術によって干ばつが即座に死に直結する時代でもなくなった。
かつて行われていた激しい修行や雨乞いは、もう行われていない。
白石興善寺は今では、双盤念仏などの伝統行事や送り鉦などを通して、地域の文化を守る寺として静かに存在しているという。
「ここで修行?」
そう冷笑されそうな、ちょろちょろの西ヶ滝を残しながら。

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