修験道の聖地、大峯山。その中心である山上ヶ岳は、今もなお女性の入山を禁じている山である。 女ごときが吉野の山に登りたいのなら、稲村ヶ岳や大普賢岳にでも行け、ということらしい。もちろん、そこには男性様も入れる。そりゃそうだ。男性様なのだから。
そして、男性様しか入山できない山上ヶ岳の山頂には、国の重要文化財である大峯山寺が建っている。その本堂には、役行者が桜の木で金剛蔵王大権現を刻んだことに始まる、という伝承がある。
以前から、ちっきしょー、私も見たいんだよ!と思っていた。しかし、目にすることが出来ない。その大峯山の宝が、山からおりてきて奈良国立博物館の特別展「神仏の山 吉野・大峯ー蔵王権現に捧げた祈りと美ー」で展示されているという。女ごときもみることができるという!! これはもう行くしかない!!と意気揚々と出かけた。

すごい列だった。道路まで伸びる行列。しかし、レーンがわかれていた。私はチケット購入済みだったので誰もいないレーンを一人スタスタ通り一秒も待たされることなく入場できた。
しかし会場内は別だった。動かない。人で満杯でこれは会場のキャパを超えている。みんなそんなに興味があったのか?と驚いた。男女比半々くらい。
もちろん、男性の来場者に罪はない。ないのだが、こちらは「一生見られないかもしれないもの」を見に来ている。入山資格を最初から持っている側の人々が、同じ展示ケースの前で悠々と立ち止まっているのを見ると、心の中の小さなミィが「あなた方は山で見られるでしょうが!」と叫び出す。 もちろん、今は病気や年齢で登れない人もいるだろう。それでも、入山を許されてきた側には「登る機会があった」という事実がある。こちらには、その機会すら最初からない。
詣でたことのある金峯山寺の宝物も展示されていた。再び見ても、 鎌倉時代13世紀作の後鬼前鬼の木造像は、すっごい異様な顔でそして目が生きているみたいだった。
櫻本坊の南北朝時代14世紀作の彩色木造の大峯八大童子立像は、色は残っていなかった。それぞれの持物や姿勢がユニーク。そして、剣光童子の顔は間抜け顔、除魔童子は厳しい顔でいいけど、香精童子はやけにのっペり、 護世童子、検増童子、慈悲童子にいたっては、失礼ながら「なんだこいつ」と言いたくなる顔をしている。だが、そこがいい。整いすぎた仏像より、こういう妙な生々しさのある像の方が、後からじわじわ残る。 そして童子のはずなのに、どう見ても皆おっさん顔だった。童子とは。仏教美術、なかなか油断ならない。
役行者が所持していたという錫杖頭がガラスケースに入って展示されていて、これは触りたい!と思った。が、14世紀~15世紀の鎌倉室町時代作とあった。なるほど、役行者が使用していた実物とは言っていない。役行者が使っていただろうものを当時の最高技術で最高級の特別デザインで鋳造し奉納したものだろう。チッ!
室町時代作の北野天神縁起絵巻がちょっと面白かった。絵しか書いていないと思ったら後半に文章があった。日蔵は大峯山の笙ノ窟での苦行中に絶命、金剛蔵王の神通力で六道巡りをして蘇生した。菅原道真は神になっていて、醍醐天皇は地獄に堕ちていた。醍醐天皇は日蔵に自分を救うため現世でこう供養してほしいと頼んだ。これは当時の人々にとっては大ニュースで、まぁ宗教を信じさせる手法として非常に理に適ったものだ。
一方、おなじ室町時代作の東大寺大仏縁起絵巻はなんか綺麗に整っていてイマイチ心に刺さらない出来だった。
江戸時代17世紀作の現光寺縁起絵巻は、紙の裏も金色で模様入ってる。字も上手い。絵にも味がある。豪華な絵本みたいになっていた。
そして、吉水院で見たことがある役行者と目が赤い前鬼後鬼像。今回は、役行者あんな高下駄で山の中歩きづらそうって思った。
人だらけで動けなかったが、一部屋を四方の壁で例えるなら、二面目の壁の終わりあたりからようやく自由に動けるようになった。 ここまで見てきて、面白かったのが、「これテレビに出てたやつだね!」「テレビのだ!」とかの声が方々から聞こえてきたこと。テレビの威力ってすごいなって思った。あと、「私ら何みていいかわからないしあっち行こう」とかそんな声が聞こえてくる。極めつけが役行者と前鬼後鬼像を見て、「わーすごいね!すごくない?見て見て、この真ん中のおじいちゃん♪」と役行者を指さし去っていった人などもいた。えっ、そんなんで2千円払うの??って驚いたが、こういう方々が文化財を支えているんだなと思った。
大峯山の宝物、展示してないのかな、と不安になった頃に、その部屋の奥にあった。
平安時代、山上ヶ岳の山頂には貴族たちが競うように経典を埋納した。 その遺品が多く出土している。お財布に入れて持ち歩けそうな2cm位のサイズの金含有率90%の如来坐像と菩薩坐像。淡い水色やベージュ色のガラス製(これが気に入った)、水晶製、金銅製などの経軸端や経帙飾金具、鈴。はっきり文様が残ってて素晴らしい瑞花鴛鴦八稜鏡。蔵王権現や不動明王や如来三尊像や明王像が掘られたという鏡にいたっては、もうほとんど掘られたその姿が見えずなにがなんだかわからなくなっている状態なのによくそれとわかったな、って感心するレベルだった。
大峯山寺に祀られる平安時代~鎌倉時代12世紀~13世紀の銅造の蔵王権現立像5体。3体目は右手がとれてなくなっていた。動きが軽快なポーズはみな同じだけど、顔はどれも愉しげでドヤ顔で、いい。服も、大方同じだが微妙に違う。 大峯山寺には平安時代から鎌倉時代にかけてお参りに来た人たちが納めていった蔵王権現像がたくさんある。
そして、元禄年間に大峯山寺本堂周辺や床下から発見されたと伝わる26体の蔵王権現立像も展示されていた。片腕なのが10体、両腕なくなってるのが5体、1つは上半身だけのもの。みんな右足をあげてるが左足をあげてるのが一体。基本形はあるが、大きさも表情も顔も服も装具も違っていた。
他にも銅板に陽鋳された蔵王権現像や蔵王権現鏡像 、中台八葉院曼荼羅鏡像 、吉野曼荼羅懸仏など線が薄っすらと残っているだけのもあったが、大峯山寺の宝物を観ることができた。
そしてこの部屋の真ん中には、大峯山寺の秘仏本尊が一体ドーン!と置かれている。たくさんある蔵王権現立像の中でこの像は特別に大切にしようってされてきたものらしい。平安時代から鎌倉時代の作品だが、寺外初公開!すごい人だかりだった。やはり、これだけの混雑を目の当たりにするとまた心の中のミィが「男性様は山で見てください!」と叫び出す。人が多すぎてなかなか見れる位置まで動かないのだ。しょうがないよね、女性は排除されているんだから。
像に向かい手を合わせて拝んでいる人も数人いた。80cmくらいだろうか、銅製漆箔。いやぁこれ造るのは確かに凄い、腕とか肌なめらかそうだし服のひだやら姿勢も銅製なのに自然ですごい。
あまりの熱気に警備員さんが「あまり近づかないでください」「離れてください」と注意しっぱなしだった。嫌われ役大変だな。
第二会場は、金峯山寺で発見された道長自筆の経典だ。
平安時代にこんな話が信じられた。56億7千万年後に弥勒が出現するまでの間、吉野から大峯山一帯に秘められている黄金を蔵王権現が守護すると。藤原道長は大勢の臣下を連れ金峯山に登り、自ら書写した紺紙金字経を埋納した。8月3日に平安京を出発し、11日には金峯山を参詣したというルート図があった。これが歴史的・考古学的にみた日本で初めて造営された経塚だ。道長105紙、道長の曾孫・師通95紙が発見されている。
自分で書いた経典を「現世と異界が繋がる場所」と信じられている山深い聖地へ埋めに行く。神仏を敬っているという最強の証明になる。当時権力の絶頂だった道長はその繁栄を未来永劫のものとするため、自身と一族の安寧、滅罪、極楽往生を願ったのだろう。 56億7千万年後まで見据えるとは、さすが後に「あの歌」を詠む男である。
藤原道長の経筒もあった。筒の表面に願い事が刻まれている。釈迦や弥勒菩薩を敬い、滅罪と極楽往生の願をこめて金峯山に埋納したことがわかる。
経箱も展示されてあった。当初は鮮やかな銀色だったと思われるちょっと大きめのお煎餅やお菓子の缶みたいな感じ。それが経年劣化でボロボロになったようなもの。
金銅経箱台の残欠と経箱を載せていた脚台のセット、脚台の上にのっている鍍金が施された経箱。ボロボロでよく見えないが鳳凰のような二羽の鳥と宝相華と唐草、蝶が描かれていて、文様が金、地の部分を銀で飾り、蓋に銀の鍵がついているものなど。
最後の部屋は、吉野に南朝をつくり没した後醍醐天皇陵を護る如意輪寺の秘仏本尊・如意輪観音座像が寺外初公開!で披露されていた。その如意輪観音座像、手が四本あって、ちょっとキモいけれどもなんかやけに色気がある像だった。背後の黄金もいい感じだし、頭の飾りも服装も良い。口のまわりに模様のようなものが見える。髭なのか、彩色なのか、入墨のような表現なのか、妙に気になった。
その他、吉野にあるお寺の紹介と秀吉の吉野での花見を描いた屏風や使われた漆器などが展示されてあった。
私は大峯山の宝物だけが目当てだったが、吉野の山の宝物が沢山展示されていて見どころが多くお得だと感じる人が多いだろう展示になっていた。
一切の写真や動画は禁止だったが、一番最後の部屋の真ん中に、ケースに入って一体だけある蔵王権現立像だけは写真撮影OKだった。部屋一面、山と咲き誇る桜の絵が描かれている。人だかりができていて私も一応並んでみた。警備員さんがいて、「ケースに手を付けるな」「もう少し離れろ」「接近し過ぎて危ない」などと言われている人が多数いた。
壁には「SNSなどで使ってOKです」「人は入らないように撮ってください」旨の注意書きが書いてあった。
前の方になったので写真を撮ろうとしたが、「人を撮ってはいけない」規則なのに、何故か写真を撮り終わったおばさまが像の背後にまわり写真をぱちぱち撮っている。なので我々が写真を撮ろうとするとその人たちがどうしても映ってしまう。誰も写真をとれず時間だけが経過していった。「邪魔だな」思わずつぶやいていた。「私もそう思う」「邪魔だと思う」と同じように小さな声で同意してくれる人がいて、ヤバっ!聞こえてたのかとまたやっちまったと思ったが、内心ちょっと笑えた。

そんな思いをしてやっと撮れた写真をここにあげておく。
女に生まれたばかりに、生涯見ることはないと思っていた大峯山の宝物を、この目で見ることができた。今生での悔いが一つ消えた。
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