サーカスは、これまで何度か観たことがある。
だから正直に言えば、今回はそれほど期待していなかった。
どこのサーカスも、やっていることは大体同じだ。
空中ブランコ、綱渡り、火の輪くぐり。
演者の技量には差があっても、「種目」は同じ。
しかし、今回は違った。
「腕で縄跳びする人がいる」
その一言だけで、私は仕事をさぼり、さくらサーカスへ向かった。
奈良公演は3月8日まで。
この機会を逃したら、一生見られない気がした。
テントに入った瞬間、違和感を覚えた。
空気が違う。
音楽、照明、内装。
すべてが観客の感情を持ち上げるように設計されている。
サーカスは技を見る場所だと思っていた。
しかしここは違う。
気持ちを操られる場所だった。

まず驚いたのは、ピエロだ。
これまでのサーカスで、ピエロを面白いと思ったことは一度もない。
失礼だが、「芸ができない人の役」だと思っていた。
しかし、このピエロは違った。
笑わせる。
しかも、無理に笑わせようとしていないのに、笑ってしまう。
観客の呼吸を読んでいる。
間を操っている。
そして突然、曲芸を始めた。
「え?」
笑わせるだけの人ではなかった。
技術がある人間が、意図的に“ピエロ”を演じていた。
笑いとは、技術だった。

そして、問題の「腕で縄跳びする人」が登場した。
舞台に現れた瞬間、わかった。
「あ、この人だ」
登場の仕方からして、異様だった。
逆四つん這い。
人間がしてはいけない向きで、歩いている。
そして、上半身が回転した。
本来、背中があるはずの位置に、胸と顔があった。
フクロウが首を回すのを見て驚くが、
これは首ではない。
上半身そのものが回転している。
人体の前後が、意味を失っていた。
そして、腕縄跳び。
自分の腕を回し、その輪の中を、自分の体が通過する。
縄は存在しない。
縄そのものが、本人だった。
何を見ているのか、一瞬わからなくなる。
人間の体は、こんな動きができるのか。
私は、カメラを回しながら、カメラ越しではなく自分の目で観た。
画面越しではなく、直接見たかったから。
これは、観に来てよかった。
技の凄さだけではない。
「人間」という存在の前提が、崩れた。
体とは、ここまで自由になれるものなのか。
クラブマガで右手首を痛め、今も治療中の私は思う。

体は壊れるものだと思っていた。
しかし、あの人の体は違った。
壊れるのではなく、
壊れないように動く体だった。
柔らかさとは、防御なのかもしれない。
あの日、私はサーカスを見たのではない。
人間の限界が、思い込みだったことを見た。
















2026/02






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