腕で縄跳びする人間を見てしまった日

腕で縄跳びする人間を見てしまった日

📒 寄り道しすぎて本道に戻れないかもしれないノート。
今日も来てくれてありがとう!よければ一押しポチっと応援してってね〜。
人気ブログランキング ブログランキング・にほんブログ村へ

サーカスは、これまで何度か観たことがある。
だから正直に言えば、今回はそれほど期待していなかった。

どこのサーカスも、やっていることは大体同じだ。
空中ブランコ、綱渡り、火の輪くぐり。
演者の技量には差があっても、「種目」は同じ。

しかし、今回は違った。

「腕で縄跳びする人がいる」

その一言だけで、私は仕事をさぼり、さくらサーカスへ向かった。
奈良公演は3月8日まで。
この機会を逃したら、一生見られない気がした。

テントに入った瞬間、違和感を覚えた。

空気が違う。

音楽、照明、内装。
すべてが観客の感情を持ち上げるように設計されている。

サーカスは技を見る場所だと思っていた。
しかしここは違う。
気持ちを操られる場所だった。

まず驚いたのは、ピエロだ。

これまでのサーカスで、ピエロを面白いと思ったことは一度もない。
失礼だが、「芸ができない人の役」だと思っていた。

しかし、このピエロは違った。

笑わせる。
しかも、無理に笑わせようとしていないのに、笑ってしまう。

観客の呼吸を読んでいる。
間を操っている。

そして突然、曲芸を始めた。

「え?」

笑わせるだけの人ではなかった。
技術がある人間が、意図的に“ピエロ”を演じていた。

笑いとは、技術だった。

そして、問題の「腕で縄跳びする人」が登場した。

舞台に現れた瞬間、わかった。

「あ、この人だ」

登場の仕方からして、異様だった。

逆四つん這い。

人間がしてはいけない向きで、歩いている。

そして、上半身が回転した。

本来、背中があるはずの位置に、胸と顔があった。

フクロウが首を回すのを見て驚くが、
これは首ではない。
上半身そのものが回転している。

人体の前後が、意味を失っていた。

そして、腕縄跳び。

自分の腕を回し、その輪の中を、自分の体が通過する。

縄は存在しない。
縄そのものが、本人だった。

何を見ているのか、一瞬わからなくなる。

人間の体は、こんな動きができるのか。

私は、カメラを回しながら、カメラ越しではなく自分の目で観た。

画面越しではなく、直接見たかったから。

これは、観に来てよかった。

技の凄さだけではない。

「人間」という存在の前提が、崩れた。

体とは、ここまで自由になれるものなのか。

クラブマガで右手首を痛め、今も治療中の私は思う。

体は壊れるものだと思っていた。

しかし、あの人の体は違った。

壊れるのではなく、
壊れないように動く体だった。

柔らかさとは、防御なのかもしれない。

あの日、私はサーカスを見たのではない。

人間の限界が、思い込みだったことを見た。


2026/02

Tags:

Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です