龍神巡り~女人高野だけでは語れない室生寺

龍神巡り~女人高野だけでは語れない室生寺

🦌 奈良県の史跡

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室生寺に登って、息をのむほど美しい眺めに出会った。
山のてっぺんにそびえる古寺は、まるで空とつながっているみたい。700段の石段をのぼりきり、見渡す景色は心を癒してくれて、「来てよかった!」って思える、そんな特別な場所です。


右手に1台500円の駐車場が見える。もうちょっと行けるかな、と進むと、そこはもう女人高野・室生寺の入口。行くのを阻むかのように駐車場受付所がある。強そうな男性がガン見。右手にはその管理者の駐車場、1台600円。

そして、そこかしこに貼られている「Uターン禁止!」の貼り紙。
しまった、やられた。笑

これはまさに袋のネズミ。一歩手前の500円駐車場を逃した車は、600円を払うか戻れないかの二択になる 。こういうやり方嫌いじゃない。

室生寺の入口前の川にかけられた朱塗りの太鼓橋が可愛い。鎌倉時代前期創建の弥勒堂。”内部は撮影禁止” これはわかる。だが、”スケッチ禁止” とまで書かれてあった。

平安時代初期の創建で国宝の金堂。山の斜面を利用した造りになっている。堂内は写真撮影禁止。金堂はスケッチはOKなのか? 中には国宝の釈迦如来像と重要文化財の8立像が並ぶ。

どこにいたのか突然目の前に現れる僧侶。密かに見張っている。「禁止」の文字だけ掲げているより、ちゃんと人の目で管理している所は信用できる。

自分の干支の十二神将立像が安置されてあったのでおみくじを引いてみた。おみくじと一緒に健康に通じるという無瓢箪の小さな御守が入っていたのでそっとお財布に入れた。

古い石段をのぼると鎌倉時代創建で国宝の本堂。重要文化財の如意輪観音菩薩像が安置されている。本堂まで来ると内部を写真撮影したりスケッチしたりする人はいないのかもしれない。表記は見当たらなかった。

そして、屋外に立つ日本最小の五重塔。30メートル級が多い中で室生寺の五重塔は約半分の高さ。古さは法隆寺五重塔に次ぐ、日本で第2番目。奈良時代後期に創建された国宝である。屋根は檜皮葺で優しい印象。

1998年の台風で樹齢数百年の巨杉が倒木し、五重塔を直撃。五重塔の心柱が衝撃を振り子のように揺らし吸収し、塔は倒壊しなかった。

杉の大木が生い茂る間につくられた長い石段をのぼっていく。「マムシに注意」「落石注意」などの不穏な文字が眼に入る。深い谷をまたぐ赤い小さな太鼓橋が可愛い。人はぽつぽつといるけれど息を切らして立ち止まって休憩していたり、ゼイゼイ言いながらつらそうに歩を進めている。

階段を構成する石段には名前や文字が刻まれている。今でいうクラウドファンディングみたいな感じか、個々人の寄進の石のようだ。ゾワッとするような大声が周囲に響き渡る。左上方の木々と岩に囲まれた小さな社の前に1人のお婆さんの姿が見える。大声で祝詞らしきものを延々と唱え続けている。

大音量の祝詞のような響く声を聞きながらさらにのぼっていくと、崖を利用しつくられた清水寺のミニチュア番を思わせる木組みに出くわす。階段をのぼり切った先には頂上である奥の院。700段の階段をのぼり切った人だけが、重要文化財・鎌倉時代後期創建の奥之院限定販売「健脚わらじ守」を買える。

崖面にそりだすようにつくられた常燈堂からは、木々のカーテンの隙間から眼下に小さく映る街並みが一望でき、なかなかに良い。

驚いたのが常燈堂の木板に彫られた落書きのすごいこと。書く場所がないくらい隅から隅まで名前やら相合傘やらが彫られている。中には名前の他に住所まで彫ってあるものまで。家族全員の名前が並んでいるものもあった 。平成6年に書かれた比較的新しい落書きもあった。

常燈堂を一周して正面に戻ると、随分昔に作られたであろう古びた木看板が掲げられてあった。「落書きは文化財保護法で罰せられます!」と。お天道様が見ている、とかの脅し文句では効果がないのだろう。世の世知辛さを目の当たりにした。

長い石段を下りた先には、「伝 北畠親房之墓」と刻まれた石碑がある。親房は後醍醐天皇の側近で南朝の理論的支柱の人物であり名軍師である。吉野を本拠地とする南朝にとって、室生寺は軍略上の要所だったとも言われる。室生寺の入り口には鎧坂と呼ばれる急勾配で不規則な石段がある。登ってくる敵の動きは丸見え、さらに奥の院へ続く崖や岩壁に挟まれた細道は多勢で攻めることはできない。

そして万が一表参道が包囲されても西ヶ滝や白石興善寺へと続く険しい修行道を使えば物資の運び込みや重要人物の脱出も可能。そしてこの地域は、西ヶ滝で命懸けの荒行に励む僧侶たちが大勢いた。いざとなれば武器を持って戦う最強のガードマン完備である。

南朝のイデオローグ軍師北畠親房が室生寺に潜伏していたと伝わるのもわかるというものだ。

親房は味方のメンタル崩壊を防ぐべく『神皇正統記』を書き記し宣伝工作を行った。大日本は神国。神の末裔である南朝の天皇が国を治めるのは血統と正統性から当然。天皇は神だが正しい政治を行うためには優れた補佐官(=自分のような)の意見を聞かなければならない、ともちゃっかり付け加えた。

負け戦をどうしたら言葉の力でひっくりかえせるかを考え抜いた親房の『神皇正統記』は、後世の思想にも影響を与えたとされる。
その思想は、時代を経てさまざまな形で受け継がれ、日本という国のあり方にも影を落としていくことになる。

親房之墓の石碑の向かいに6畳超えくらいの大きさの池がありなかなか大きい金魚が数匹、水の表面をスイスイ泳いでいた。山奥の苔むした池、これは特に餌やりをせずとも生きていけそうな環境である。

そして、私は見た。池の中ほどに鎮座している巨体金魚一匹を。他の金魚たちの10倍はあるのではないか、というサイズ。きっとこいつが主だ。

しかし、こういう光景を見ると、ネス湖のネッシーとか言い出したくなる気持ちもわかる気がした。
私はみた。室生寺の巨大魚キンギョシーを!

Googleマップ:室生寺
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