閉館中です!から始まる、伊勢上野城の小さな冒険

閉館中です!から始まる、伊勢上野城の小さな冒険

🐚 三重県の史跡

今日も来てくれてありがとう!よければ一押しポチっと応援してってね〜。
人気ブログランキング ブログランキング・にほんブログ村へ

木々の間から伊勢湾の青がちらりと見える。
今では青少年公園として整備されたその高台が、かつて「徳川二代将軍秀忠の正室・江」が幼少期を過ごしたと伝わる伊勢上野城跡だ。ゆるやかな坂をのぼっていくと、かつての天守台跡に建てられた展望台が姿を現す。


展望台の悲喜劇

展望台は1階が空洞、2階が資料室になっていて、なんと無料で見学できるらしい——と聞いていた。
あったあった、「ご自由にお入りください」と書かれた可愛い看板。
ワクワクしてドアノブを回す。
……あれ? 開かない。鍵がかかっている。

ふと見上げると、丁寧な貼り紙。「閉館中です!」
なんでやねん。

無言で3階に上がると、そこは展望台。
窓は金網のマス目で全面を覆われているが、つなぎ目の隙間から頑張れば外が見える。
まさに苦行。だが、その先には伊勢湾と津の街並みが広がっていた。


窓の下には、「ここから見える〇〇は〜」と丁寧な解説が貼られていて、
人が入れそうにない場所にまで根性で貼り紙が貼られている。
あの貼り紙、どうやって貼ったのだろう?
上の窓枠を忍者みたいに伝っていったのか。命懸けの情熱を感じた。
2階の資料室に入れなかったモヤモヤも、この貼り紙の熱意で一瞬にして吹き飛んだ(笑)。


公園に残る記憶

展望台の奥には、かつて「本城松」と呼ばれた樹齢350年の松の跡がある。
かつて高さ27メートル、幹回り7メートルもあったという大木で、
伊勢湾を航行する船の目印にもなっていたらしい。

石段を下ると、かつての二の丸跡へ。
今ではアスレチック遊具が立ち、少年たちが野球の練習をしている。
確かに、ここは「青少年公園」の名にふさわしい。

本丸跡には井戸が残されている。
その上にはなぜかガラスの蓋。しかも注意書きが「ガラスが割れるので乗らないでください」。
……いや、なんでガラスにした。
しかも注意書きが日本語オンリー。ここだけ妙に硬派で笑ってしまった。

さらにその隣には屋根付きの土俵。
この城跡で相撲練習とは、なかなかに渋い光景である。

地元の方に聞くと、このあたりは昔、平家の落人が多く逃れてきた場所なのだという。
狭い路地が多いのは、源氏に追われぬよう意図的にそう作ったかららしい。
なるほど、道の曲がり具合にどこか物語の名残がある。


「江」が過ごした場所?

伊勢上野城は「江が幼少期を過ごした」として有名だ。
だが、なぜ彼女だけ?
実際には、母・お市と三姉妹(茶々・初・江)は、浅井家滅亡後、
織田信長の弟・信包(のぶかね)が城主を務めていたこの伊勢上野城に一時身を寄せていたとされている。
その後、お市が柴田勝家と再婚し、三姉妹を連れて越前・北ノ庄城へ移った。

ところが、もう一説では「お市と三姉妹は、叔父・織田信次の守山城で暮らしていた」という話もある。
信次の死後に信長の岐阜城へ移ったという説もあり、真偽は不明。

本丸跡に立つ看板には、
「江姫(この名だけ異様にデカい) 浅井三姉妹ゆかりの地 伊勢上野城跡」
と彫られている。
確かに観光キャッチとしては強い。
だが史実のあやふやさを知ると、
「人は“物語”として江をここに残したかったのかもしれない」と思えてくる。


伊勢上野城の歴史

この城が築かれたのは室町時代とされるが、記録は少なく詳細は不明。
伊勢街道沿い、旧上野宿の西側背後にある標高約30メートルの台地に築かれた平山城である。

戦国時代、この一帯を支配していたのは分部(わけべ)氏。
分部氏は伊勢中部の国人領主・長野氏の一族で、1548年頃には長野氏からこの城を預けられていたとされる。

1568年、織田信長が伊勢に侵攻。長野氏は和睦して信長の弟・織田信包を養子に迎える。
翌年、信包は長野家の当主となり、伊勢上野城主に就任(五万石)。
その後、家臣・分部光嘉(みつよし)に命じて城を修築し、
安濃津城(津城)の完成までの仮城とした。

1580年、津城が完成すると信包は居城を移し、
伊勢上野城には分部光嘉が入った。
光嘉は1594年に豊臣秀吉から一万石を与えられ、
さらに関ヶ原の戦いでの功により徳川家康から二万石に加増される。
しかし1619年、養子・光信が近江国大溝藩へ転封となり、
この城は藤堂高虎によって取り壊され廃城となった。


終章:静かな余韻

展望台から吹く風が心地よい。
戦も恋も遠い昔のことなのに、この高台には人の記憶だけがまだ漂っているようだった。
30分もあれば一周できる小さな城跡。
けれど、帰り道でふと振り返ると、あの貼り紙と松の跡と井戸のガラス蓋が、
なぜか胸に残っている。
そんな、不思議な城だった。


展望台の上から伊勢湾を眺めると、
ああ、確かに“江”が幼い頃に見た景色はこうだったのかもしれない——。

小さな高台に往時の面影を残す伊勢上野城跡。

津城へと続く歴史のはじまりの地として、
今も静かに風が吹いている。

(下の地図から所在地とアクセスをご覧いただけます)

Googleマップ:伊勢上野城跡

🏁 締め文

伊勢上野城跡は、
いわば“津城前史”を語るプロローグのような場所。

派手な遺構はなくても、
ここには「戦国の終わりと平和の始まり」の空気が残っている。

展望台の風、少年たちの声、平家の伝説、
そして貼り紙への情熱。

その全部が、この小さな城跡を不思議と忘れられないものにしていた。

読んでくれてありがとう!面白かったら、下のボタンで応援してね。励みになります◎
「#歴史散歩」人気ブログランキング ブログランキング・にほんブログ村へ

伊勢上野城の写真一覧

2020/02

Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です