奈良市の静かな住宅街。狭い道をすり抜けていくと、まるで隠されていたかのようにぽつんと現れるのが、「頭塔(ずとう)」という不思議な史跡。
門構えは地味めで、正直うっかり通り過ぎそうになる。
でも、その小さな門の先に広がる世界は――まるで奈良時代のタイムカプセル。
入場料300円。「今だけキャンペーン中です」と受付のおじさまが言ってくれたので、気前よく(?)クリアファイルもらいました。ありがとう奈良市。気が利くな。

階段を登ると、なんと無料のガイドさんが登場。
この道何十年、というおじいさまが、穏やかな口調でこの土地の謎を語ってくれます。
奈良ってすごいなと思うのは、こういう場所に限って知識と経験に満ちた人がふつうにガイドしてくれるところ。ならまち格子の家で会ったおばあさまガイドもそうだったけれど、英語で観光客に説明していたのを見たときは「奈良、底力あるな」と感心しました。
何歳になっても学び続ける姿は、美しい。お釈迦さまの骨を納めるために作られたというこの塔の前で、そんな人たちの姿に出会えるとは、ちょっと胸にくるものがありました。
そして何より――
この場所の名の由来になったという、「玄昉(げんぼう)さんの首が飛んできて落ちた伝説」。
ホラーか!? と一瞬ひるむけど、意外にも人間ドラマとしてめっちゃ面白い。
しかも展望台から見える奈良の風景が、また格別。あぁ、平城京の人たちもこんな景色を見てたのかもしれないな…なんて思いながら、私はしばし立ち尽くしました。

歴史編:玄昉と頭塔、そしてピラミッド
この地はもともと「春日山古墳」と呼ばれた豪族・春日氏の墓地。奈良時代、760年ごろ、東大寺の僧・実忠が、別当(今でいうトップ)・良弁の命を受けて、古墳の上に三重の土塔を築き始め、7年後の767年に完成させました。
この塔、実は“ピラミッド型”の珍しい建築で、日本国内ではここ頭塔、堺の土塔、岡山の熊山遺跡の三例しか確認されていません。
そして、この地には伝説がひとつ。
奈良時代の高僧・玄昉(げんぼう)。彼は唐に18年も留学し、玄宗皇帝にも認められた優秀な人物。帰国後は病の宮子(聖武天皇の母)を祈祷で癒し、聖武天皇にも重用され、政界の中枢へと進出しました。
が、それを面白く思わなかったのが、政界から追い出されていた藤原広嗣(藤原不比等の孫)。玄昉と盟友・吉備真備を政権から外すよう訴えるも敗北。広嗣は討たれてしまいます。
その後、政敵・藤原仲麻呂(藤原不比等の孫)の手で玄昉は大宰府に左遷され、ついには暗殺。すると――空から手が現れ、玄昉の遺体を持ち去り、首を引き裂いてここへ落とした……という、壮絶な伝説が残りました。
頭塔(ずとう)という名は、この「首(頭)が飛んできた塔」から来ているとか。一方で、単に「土塔(どとう)」の訛りという説もありますが、どちらにせよ伝説と実話の交錯が奈良らしくて面白い。
仏教美術の立体曼荼羅
発掘調査によると、頭塔はもともと七段構造。
その奇数段(1・3・5・7段目)にだけ、石仏が安置されていたと判明しました。
1面につき11体、4面で計44体の石仏。
配置された仏像の種類や構成から、どうやら立体曼荼羅を表現していたと考えられています。
例えば――
- 第一段東面:多宝仏浄土
- 南面:釈迦仏浄土
- 西面:阿弥陀仏浄土
- 北面:弥勒仏浄土
- 頂上:盧舎那仏浄土(中心の仏)
これはまさに、「仏の世界を三次元で再現する」という壮大な仏教美術の試み。
他にも、仏本生説話像や法華経の二仏並坐像、涅槃経の仏棺礼拝像など、多種多様な経典が立体化された芸術空間でもあります。
崩壊、消失、再発見、そして復元
この塔はその後、度重なる火災で失われます。
平安時代以降、荒廃し、江戸時代には日蓮宗の「頭塔寺」が建てられましたが、明治の廃仏毀釈で取り壊され、やがて森と化しました。
現在、塔の北半分は復元調査済。
しかし南半分は住宅密集地で発掘不可能なため、手つかずのまま。
今でも「何妙法蓮華経」と刻まれた石碑や五輪塔が森の中に眠っています。
また、大和郡山城などの築城の際、頭塔の石が無断で持ち去られ、
今でもその痕跡が城の石垣に残るそう。羅城門の礎石も、同様に持ち去られたとか……。
石が貴重だったとはいえ、これはちょっとショックですよね。
復元にあたっては、補充された石には鉛の目印が貼られ、見分けがつくようになっています。
そして今も、静かに息づく場所
頭塔は今も僧侶が法要に訪れる、生きた宗教施設でもあります。
観光地であり、伝説の舞台であり、仏教美術の宝庫であり――
そのどれでもありながら、どれでもない。
千年の時を超えて、今も風の中でじっとたたずむ「頭塔」。
玄昉の伝説を信じるもよし。
立体曼荼羅に魅せられるもよし。
あるいは、単に高台から奈良の風を感じてみるもよし。
ここには、あなた自身の「感じ方」が答えになる空気がある。
だからきっと、訪れた人の数だけ、頭塔の物語があるのです。
アクセスは少し分かりにくいけれど、それもまた“隠された聖地”らしさ。
下記の地図を参考に、住宅街の奥に眠る不思議なピラミッドを探しに行ってみてください。

誰にも見つけられなかった“頭の塔”が、千年の時を越えて今、あなたの前に現れます。
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