⛵ 和歌山県の史跡
今日も来てくれてありがとう!よければ一押しポチっと応援してってね〜。🍁 静けさが染み入る、紅葉の小宇宙。
武将が愛でた庭に、時の呼吸が今も残る。
和歌山城の西の丸にある名勝・西の丸庭園。別名「紅葉渓庭園(もみじだにていえん)」と呼ばれ、秋になると一面が紅に染まる。池の水面に映る木々の姿は、まるで時が止まったかのようだ。
小さな庭ながら、歩くたびに風景が変わり、ふと昔の城主がここで一息ついていた情景が浮かぶ。
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【庭園の成り立ち】
西の丸庭園は、関ヶ原の戦い直後、浅野家の時代(1600〜1619)に築かれたとされる。
作庭者は千利休の教えを受けた武将茶人・上田宗箇(そうこ)。
豪快な石組みと紀州の青石を使った滝石組みは、まさに宗箇流の真骨頂である。
内堀や虎伏山の地形を巧みに取り込み、限られた空間に自然のスケール感を生み出している。
浅野家の後に入った紀州徳川家初代・徳川頼宣は、西の丸を隠居所として整備した。
頼宣は好学で静謐を愛した人物。
彼の時代に、宗箇の庭はより洗練され、武の庭から“風雅の庭”へと姿を変えた。

【見どころ】
池に浮かぶように建つ「鳶魚閣(えんぎょかく)」は、昭和47年(1972年)に再建されたもの。
桧皮葺(ひわだぶき)の屋根が美しく、まるで江戸時代から時間が止まっていたかのようだ。
また、発掘で見つかった書院式茶室跡には、松下幸之助寄贈の「紅松庵」が建つ。
かつての藩主の隠居庭園に、昭和の実業家の息吹が重なっている——そんな時代の連なりも味わい深い。
【訪れてみて】
紅葉の盛りには混雑も覚悟だが、静かな季節に訪れるとこの庭園の真価がわかる。
石と風と水が交わり、音のない会話をしているような静寂。
かつて藩主だけが歩いた庭を、いまは誰もが自由に歩ける。
その事実こそ、何より贅沢なのかもしれない。
📍 和歌山城・西の丸庭園(紅葉渓庭園)へのアクセス
JR和歌山駅から徒歩約20分、または和歌山バス「公園前」下車すぐ。
和歌山城の南西に位置する西の丸庭園(紅葉渓庭園)の隣には、わかやま歴史館がある。

庭の景色は季節で変わる。
だが変わらないのは、人が「美しい」と感じる心だ。
静かに流れる時間の中で、そんな“普遍の感性”を確かめる場所——
それが西の丸庭園である。









2019/02
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