屯鶴峯(どんづるぼう)―地球の記憶を歩く

屯鶴峯(どんづるぼう)―地球の記憶を歩く

🦌 奈良県の史跡

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奈良と大阪の境にそびえる二上山。
雄岳と雌岳の双峰が並び立つ姿は古くから人々に親しまれてきた。
そのふもとに、まるで雪景色のような白い岩山がある。名を、屯鶴峯(どんづるぼう)という。

街道沿いの緑に溶け込むように、「金剛生駒紀泉国定公園 奇勝・どんづる峯」と書かれた看板がひっそりと立つ。奈良県の天然記念物で、しかも無料で自由に入れるという太っ腹ぶりだ。


白い世界へ

入口には、上へ続く長い階段。両脇の木々がトンネルのように覆いかぶさり、枝先からは透明な糸にぶら下がる幼虫が風に揺れている。油断すると肩や頭にお客さんがついてくるので、要注意である。ちょっとしたホラーだ。

そして辿り着いた先は──息をのむ光景。
真っ白な岩肌がどこまでも続き、谷を挟んだ向こうにも白い塊が連なる。まるで雪原。
急斜面で足を滑らせれば一巻の終わりだと分かっていながらも、凝灰岩の斜面を慎重に進み、谷底ギリギリまで行ってみた。
吹き抜ける風、目の前に広がる白と緑のコントラスト。
地球の時間が止まったような光景に、言葉が出ない。

この岩は柔らかく加工しやすいため、古墳時代には石棺や寺院の基壇、のちの時代には石仏の素材として用いられた。「こんなに美しい岩を切り出すなんて、どんな神経だ」と思うが、そうやって人は自然と共に生きてきたのだろう。よくぞ今まで残ってくれたものだ。


地球の時間を感じる

この地の白い岩は、約1500万年前の二上山の大噴火で生まれた。
大量の火山灰や火砕流が、かつて湖の底だったこの場所に沈殿し、厚い層を作った。
のちの地殻変動で湖底が持ち上がり、標高150メートルの現在の地上に姿を現した。

湖の底が山になる――この変化を思うと、地球が「生きている」ことを実感する。
海面上昇だの気候変動だのと騒ぐ人間の声が、なんとも小さく思える。
地球にとって人類など、皮膚に付いた埃のようなもの。
たとえ滅びても、地球は気づきもしない。ただ淡々と、次の地層を積み上げていくだけだ。

やがて風と雨が柔らかな岩を削り、硬い部分だけが残って、今のような奇岩群となった。
白い岩が陽光を反射し、一帯が雪景色のように輝いている。

二上山から葛城山脈一帯は古くから山岳信仰の地であり、屯鶴峯もまた修験道の信仰圏に属していたとされる。


天然記念物を踏んだ罪悪感

白い岩の先端に腰かけ、風を浴びながら絶景を堪能した。
そして帰り際、階段を下りたところで小さな注意書きを見つけた。

『白い岩肌部分は石質がもろく非常に滑りやすく危険な上、岩肌が崩れることにより景観を損なう恐れがありますので立ち入らないようご協力をお願いします』

……なんですと?

本気で止めたいなら、ロープを張って「立入禁止」とでも書けばいい。
そう思いつつも、胸の奥にズシンと罪悪感が落ちる。
あの白い岩の上に立った感動と、天然記念物を踏みしめた後ろめたさが入り混じって、奇妙な余韻を残した。


白い峯の裏の顔 ― 防空壕の記憶

この地には、もうひとつの顔がある。
第二次世界大戦末期、1944年ごろ。
本土決戦に備え、ここには「大本営陸軍部作戦部航空総軍司令部地下壕」が築かれた。
工期はわずか三か月。総延長二キロにも及ぶ地下壕が網の目のように掘られたが、使われることなく終戦を迎えた。

現在、その一部は京都大学防災研究所の地震観測施設として利用されている。
だが、夜になるとこの壕の周辺では奇妙な話が絶えない。
掘削する男の霊、壁に浮かぶ顔、どこからともなく響く声、銃声のような音、壊れる電源装置──。
さらには、かつて二上神社の森では五寸釘の打ち付けられた木が見つかり、バラバラ殺人事件まで起きたという噂もある。
心霊スポットとして名が知られるのも、無理はない。


噂と実感のあいだで

幸い、私は何も見なかった。
霊も声も足跡も、なにも。
ただ、白い岩の上を吹き抜ける風の音だけが耳に残っている。
もしこの地に何かが宿っているとしたら、それは恐怖ではなく、悠久の時間そのものだろう。

それでも、ひとつ思う。
こうした“怖い話”が残るのは、天然記念物を守るための無言の警告なのかもしれない。
「人の領分をわきまえよ」と。
──そう考えれば、たしかに地球はまだ優しいのかもしれない。


岩肌を撫でた風の感触を思い出すたびに、
あの白い峯がいまだに呼吸しているような気がする。
1500万年の時を超えて、地球の鼓動をそのまま残した場所。
人の声が消えたあとも、岩は黙って空を見上げている。

歩くほどに時をさかのぼる――そんな不思議な感覚を味わえる地。
「屯鶴峯(どんづるぼう)」、名は可愛いが、正体は壮大そのものだ。

Googleマップ:屯鶴峯
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屯鶴峯の写真一覧

2019/05

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