剣聖の里~大和柳生古城跡(柳生の里)~

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🦌 奈良県の史跡

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四方を山に囲まれた柳生の里は、剣豪・柳生一族の「剣聖の里」として知られています。今では山々に囲まれた人気(ひとけ)のない静かな町です。剣豪柳生ブランドがあるのだから観光地としても十分やっていけそうだと思うのですが、特にそのような欲もないようで、柳生の地ではのんびりゆったりと当時の柳生世界を想像と共に堪能できます。

もともと柳生氏は、平安時代後期に春日大社領の荘官が土着したことに始まったとされていて、菅原姓の大膳永家を祖としています。ここ柳生古城跡の歴史は、鎌倉時代1331年に、後醍醐天皇が鎌倉幕府打倒の兵を挙げた元弘の乱にまでさかのぼります。鎌倉幕府討幕計画を側近の吉田定房が六波羅探題へ密告してしまったため、1331年9月、後醍醐天皇は京を脱出し笠置山に籠城することになりました。

柳生古城と笠置山は道が繋がっていて、その道は柳生の殿様が通る「殿様街道」と言われていました。笠置山の僧・中坊源専は、柳生播磨守永珍の弟。柳生播磨守永珍は、笠置山への兵糧の補給路を守るために、ここ柳生古城に陣を敷き、笠置山へ糧食の調達を行ったのです

結果、幕府方75,000に対し後醍醐方3,000余りという兵力差の中、六波羅勢と戦った中坊源専勢。10月29日には、小柳生に六波羅勢が到達し、柳生播磨守永珍は南麓の数珠口坂で13名の戦死者を出しながらも奮戦しました。しかし、翌日、笠置山落城。後醍醐側として戦った柳生家はこの辺り近辺累代所領を没収されてしまいました。

しかし後に建武の新政時1334年に、元弘の乱の時の笠置山の戦功 として中坊源専に柳生旧領が 与えられました。源専はその所領を兄柳生播磨守永珍に譲り、柳生家は領土を回復。「柳生」という地名を氏として名乗る契機になったと考えられています。柳生氏は剣豪・柳生石舟斎から数え7代前の永珍を初代としていますが、永珍や弟の源専の存在は史実として裏付けがないとも一部から指摘されてもいます。


近代につくられた急な細い階段を上りきると、当時のままだと思われる古い石組みの階段が柳生古城山の山頂へと繋がっています。小さな山で10分もすると本丸跡に到達。曲輪、土塁、クランク状に折れ曲がった堀切などが良好な状態でのこされている中世の山城です。綺麗に手入れされていて近代作られたであろう屋根付きのちょっとした休憩所もありのんびりできます。あまりにも朽ち果て過ぎて今にも粉々になって離散しそうな木製看板が印象的でした。


そして最奥端には、十三振の日本刀が奉安されている剣の霊を祀る剣塚があります。剣塚を更に奥に進むと笠置山へと続くのですが今は行き止まりとなっています。 この剣塚は、満州事変(1931-1932年)の際に建立したもので、発起人は「添上郡七か村の在郷軍人会」、皇軍の武運長久を祈願する目的で造られました。

元弘の乱から約200年後の1554年、大和国に勢力を拡大していた筒井順昭が一万余の軍を率いて柳生に侵攻してきました。この小柳生合戦により、柳生古城山は、本拠地である柳生城(現在の芳徳寺一帯)より先に落城してしまいます。柳生古城山は、外部からの侵攻に備える防御の最前線だったのです。当主の柳生家厳と18歳嫡男・宗厳(後の石舟斎)は善戦しましたが、3日間攻防の末、水を断たれ降伏せざるをえませんでした。

これを機に、宗厳(後の石舟斎)は剣術や槍術の会得に集中し、上泉信綱から新陰流を学び、「剣聖」と して歩み始めます。宗厳(後の石舟斎)は、柳生新陰流の創始者です。柳生新陰流は、上泉伊勢守秀綱が創始した新陰流を柳生石舟斎宗厳が継承し発展させたので、活人剣(人を活かす剣)や無刀取り(刀を持たず相手の攻撃を制する)などの人を殺傷しない剣術です。


秀吉の太閤検地の時には、隠田を密告され所領没収となってしまいましたが、1594年、剣の腕に磨きをかけた柳生宗厳が家康と対面したのを機に、宗厳の五男・宗矩は徳川将軍家の兵法指南役となりました。これにて柳生家は見事、大名家となります。人を殺さない平和の剣である柳生新陰流は平和な江戸時代に合致していますね。

その後、江戸時代が終わるまで柳生家は徳川家にとってなくてはならない存在として隆盛しました。柳生新陰流には忍術者の弟子もいたことから陰に陽に徳川家を支え続けたのです。


剣を究め人を活かす平和な剣技をつくりあげた柳生新陰流の里・柳生の里は何にも邪魔されずのんびりゆったり散策ができます。

Googleマップ:大和柳生古城跡

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