業平よ、私を惚れさせてみろ

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超モテ貴公子 業平のお墓

「熊目撃してま~す♪」と手製の立て看板が所々に出ているとてもとても山深いところにポツンとある奈良県吉野郡天川村には、あのプレイボーイで名高い美男子こと在原業平のお墓があります。しかも坪之内と北小原の地に合計2つも!

北小原のお墓はただただ小さな五輪塔がひっそりと立っているのみ。この地で亡くなった業平の為に恋人やゆかりの人が建てたと伝わります。ただ、在原業平は880年に美濃国(現・岐阜県)で亡くなったとされています。なので、天川村で業平が亡くなったというのはあくまでも伝承…なんでも『河海抄』に載る一節を元に生まれた話だという説も。業平は度々、惟喬親王(文徳天皇の皇子)や紀有常らと共に天河大辨財天社(天河神社)を参詣していました。またそれとは別に業平は、天川村へ度々通っていたそうです。

坪之内にある業平のお墓は、歌碑も建っていてちょっとした史跡になっています。小学校の向かいにある今では文字が消えていてさっぱり意味不明な矢印型の木製看板の指し示す方向に進んで行き、細い橋?を渡るとそこが在原業平のお墓がある場所。


恋愛暴風の目 業平の恋事情

在原業平と言えば、超美男子でしかも六歌仙、三十六歌仙の一人に数えられたという歌詠みの名手。古今和歌集に30首、その他の勅撰和歌集に計87首が入集しているという。女が、なんちゃらホイホイみたいに寄ってくる寄ってくる、なんでも生涯で3,733人の女性と関係をもったとの伝承があります。1日に1人として10年以上かかる。業平のストライクゾーンは幅広で、高貴な女性から学も何もない一庶民、はたまた99歳の女性までいろいろな味を楽しみました。というよりむしろここまでくると業平の女性ケアというボランティアのようにも思えてきた。

業平は自然や恋愛がテーマの歌を詠み、”恋多き貴公子”なんて言葉で伝わっているけれど、本当に恋してたんかいな?適当に相手の心揺らす歌書いて送って女遊びしてただけなんじゃないんか。時にボランティアも。笑 しかし当時の女性たち、よくこんな奴あいてにするよな。なんか穢れてる感じしてキモくね?

でもまぁ、業平が生きた平安時代初期から前期にかけては読み書きができる、ってだけで今でいうエリートだったんだろうね。しかも上手に歌を作れるっていうのはー詠んで頭に思い浮かべそれを文字にするーそれはもう今でいう最先端技術を難なく操れる超絶賢い人、みたいな感じなのかな?それで完璧な美貌を持ち女慣れしている。だからもう巧い口車にのせられて理性とは裏腹に抵抗できず???そういうこと?失笑


天川村の業平の彼女とは?

さて、天川村で業平の恋人だったとされる女性は一体どんな人だったのでしょう。はっきりとしたことはわかっていないものの、棚機津女(機織娘)=織姫という女性だそうです。

きっての美貌をもつ在原業平は、平城天皇の第一皇子・阿保親王の五男、母は桓武天皇の皇女・伊都内親王という生まれながらにして名門の血。ただ、810年の薬子の変で平城天皇が失脚し、臣籍降下し在原姓を名乗るようになったのですが。まぁ政権中枢の出世争いからも外され、だからこそ、こうしてあっちこっちを旅してまわり次々に女遊びをする時間的余裕もあったんですよね。

しかし彼はあくまでも生まれは名門。正妻は、紀有常の娘、恋人として知られるところでは藤原高子(二条后)、伊勢斎宮・恬子内親王、小野小町など早々たる名があがっています。こんな山深い田舎の村娘(失礼!)に超モテ業平が本気で恋をし相手にしてたのかというと‥どうなんでしょう。現に八尾市高安地区の茶屋の娘・梅野は業平に捨てられ自殺をしている。天川村へは度々通っていたというのだから一夜限りの遊びではないのでしょうが。

天川村の業平の恋人と伝わる女性が建てたというお墓は、もしかしたらせめてもの復讐の意味もあるのかも?苦笑 すっごい小さな石を5つ、ポンポンポンポンと載せただけのもので、えっこれがお墓?しょっぼいなぁって思ってしまう出来だったし。でも石がぶったおれずちゃんと5つのっかっているのでそれなりに手は掛けたのでしょう。


天川村に伝わる恋バナ

天川村では、毎年七夕の夜に機織りが上手な娘・ 棚機津女(=織姫)に会いに業平がやって来た、と伝承されています。ロマンチックですね♪ でも、ここまで話が出来過ぎているともはやもう…そもそも七夕の話は中国の伝説だし…。

もしかしたら、ハイカラなシティボーイに憧れた田舎の女性の片思いだったのかもしれず。土と汗とボロ服の村男たちしか知らなかった娘が、頭の回転が速く超絶優れた外見で女の扱いも巧く所作も身なりもお洒落☆そんな人に出会ってしまったら…心惹かれてしまうのもわからなくもないかもしれない。

業平が 惟喬親王や紀有常らと共に天河大辨財天社(天河神社)を参詣し、夜の天の川のほとりで宿を求め詠んだ歌

「狩りくらしたなばたつめに宿からむ 天の川原にわれはきにけり」

この歌を元に、村人たちの間にロマンチック伝承が言い伝わったようです。


業平と私の物語💞

まぁいずれにしろ、在原業平、私、好みじゃない。キモい。業平がいたら言ってやりたい。
「そんなにモテるなら、この私を惚れさせてみろよっ!」と。
それを聞いた業平、桜の木の下で歌を詠みました。

業平:
春の夜に
君が笑みこそ
花と知る
散るやもしれぬ
惜しきひととき

私:
その笑みを
花とたとえる
軽口よ
翌日きっと
別の姫にも

業平:
恋しきは
君が姿の
うつろわず
永遠に咲ける
花なりけり

永遠の
花と謳うも
笑わせる
昨日の姫と
どこ行ったん?

業平:
心こそ
清き流れに
変わらざれ
君と契るは
真の愛なり

清き川?
汚泥まみれの
浮気川
3千女で
大洪水なり

幾千の
女の心
弄んで
最後に残るは
業平墓石

幾千人
操る貴公子
知らぬこと
私の心は
創住みにけり


私と業平の間にはこんな冷たい関係があったものの ?、こうして業平の墓とされているところにきて、それなりに礼を尽くして黙とうさせていただいた。もしかしたら、私、モテ加護ついちゃったかもな。ハハハ


Googleマップ:在原業平の墓

バーベキューやキャンプ場、温泉もあり、自然が満喫できる癒されスポット。おススメです♪


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